
釈迦に説法、詳しい事は冗長ゆえばっさりと、メンツと“ジャグバンド”についてはこちらを御覧いただくとして。時は横浜ジャグバンド・フェスティバル開催前夜、前座はその中心におられるMad-Words。“にぎにぎしい”というイメージのジャグバンド入門として、おそらく彼等自身のアイドルの前で、ものすごーく緊張している面持ちながら、こけおどしっぽい演奏と小道具を駆使したステージングでなかなか楽しませてくれる。ジェフのバンドのフリッツ・リッチモンドさんもにこにこ見ている。私も相方もビールがほどよくまわって、よいよい気分で一緒ににこにこ。
さてさて、お客さんもあったまった頃合い、まずジェフさん一人アコギで登場、"Kitchen Door Blues(The Common Cold)"。いっぺんに空気が変わる。あっというまに「これはひょっとしてすごいものを見てるんじゃないか」という気にさせられてしまう。
たとえば6、70年代などに傑作を残したミュージシャンの新作や生演奏を聴くとき、声や技術の衰えを感じることはままあることで、それはなんとなくいやだなあ、なんて思いつつ、近年の作品は聴かないままに出掛けたのが正直なところ。しかし彼の場合はまったく逆で、衰えどころか声にはより深みが加わり、奇麗にのびる。驚いたのはギターの巧さで、ざっくりした最上のリズムに、美しいハーモニクスが必殺のタイミングで鳴る、アルペジオは丁寧に物語を紡ぐ。
2曲めから、ごく自然にウォッシュタブベース/ジャグのフリッツさん、アコギ/フィドル/マンドリンのトニー・マーカスさんが加わって、ジャグバンドスタイルの演奏が始まる。とは云っても、聴き進むうちにどうやら所謂“にぎにぎしい”ジャグバンドではなくて、ブルース寄りの内容で、セットが組まれている様子がわかった。ジャグにマンドリン、ジェフさんが時折持ち替えるバンジョー、サイド二人のコーラスなどは、彩りというよりはむしろ、ジェフさんの歌を響かせるための、多すぎもせず少なすぎもしない、ただ必要なリズムとハーモニーとして鳴っている。全ての音をひとつの場所から届けるフルレンジ・スピーカーのような表現。
どの曲にも云えたことだけれど、演奏も歌も、とても繊細にコントロールされていて、しかし神経質には絶対にならず、全体の空気はどこかしら、絶えずユーモアに溢れている。白眉と思われたのは中盤の休憩前"The Wild Ox Moan"で、演奏/歌のダイナミクスの幅広さとハイトーンのきめ細かさに何度も泣かされそうになりながら(結局泣いたけど)、ときどき見せる笑みに暖かな気持ちにさせられて、"〜whrere I belog"という語尾が染み入った。

ブルース的な内容をジャグバンドのスタイルでやる、ということについての分析に及ぶには、私の知識と経験ではかなわないことだけれど、それは例えばクラプトンがロバート・ジョンソンを、所謂ブルース・フォーマット的にやるのとは随分ありようが違うように感じられた。落語家、圓生のような名人は、人情話で下手(しもて)が泣いている場合でも決して涙をつたわせずに溜め、上手に移った時には、涙は引かせる。研ぎすまされた芸は、人を涙させるけれど、芸人はそこに溺れない。「芸」を研ぎすませて、人は「ブルースマン」になるのだと思う(マリア・マルダーの"Vaudeville Man"の歌詞をなんとなく思い出すのだね)。
あの晩の余韻から、最近のジェフ・マルダーと音楽の関わりをつらつらと想いながら方々のサイトを見てまわっていたら、招聘元のトムスキャビンのサイトに、前回来日の折の『ジェフ・マルダ−から日本のファンの人たちへ − 人生はスナップさ!』と題した一文が置いてあった。17年も離れて、いかに彼は再び音楽と“ひみつの契約”を結んだか、の記録。
いま、音楽を大切に思っている人、これからもずっと大切にしたいと思っている人は、何があってもこの一文を読みましょう。いや、読んで下さい。ニューヨークに生まれ、ブルースやその他の雑多なアメリカ音楽をいわば“学習”してきた彼が、いかにして「ブルースマン」になったか。それは、私たち(例えば“日本人”、例えば“おんなこども”)がブルースマン足り得るという証左でもある。毎晩、違う場所での同じ曲。丁寧なチューニング。歌を歌い、弦をならす変わらぬ毎日。だから99年のアコースティック・ソロによるライヴ盤『Beautiful Isle of Somewhere』は、選曲は似通っていながらも、少しく力んだ歌声と気負いのようなもの(それは決して悪いものではない)が今回の来日セットとの大きな違いであり、それこそがこの日の彼と5年の月日を思わせて、またしても暖かな涙をこぼさずにはおれなくなるのです。そうして、ここのところずうっと私はジェフさんの音に浸かっているのでした。ああ、幸せ。
しかし、ウォッシュタブベースというのがあんなに深くていい音がするものとは!いつかつくってみようっと。
そうそう、広島公演では、やはりアコースティックセットで来日中のジャクソン・ブラウンも観にきたらしいですよ。
参考:
the Official Geoff Muldaur Website
Boogie Woogie Ace & the Rhythm Kings さんの『ジャグ聴いたことあるかい?』
5/5 追記:
京都・磔磔での様子は踊る阿呆を、観る阿呆。『ジェフ・マルダーを、磔磔で聴く。』を是非ご一読。その場のマジックを的確に表現された、滋味深い文章をご堪能あれ。いやあ、大人の文章。ため息です。
Track Back :
Geoff Muldaur's Jug Band at 踊る阿呆を、観る阿呆。
ジェフ・マルダー・ジャグ・バンド・トリオで来日決定! at hidemuzicblog
自分の感動をこんだけちゃんと人に伝わるように書けるって素晴らしいです。そして読んだ人はかならずその音楽を聞いてみたくなる。いいですねー。
ウォッシュタブ・ベースが気になります…
私も1月のTower Of Powerについては同様にものすごい感激したので書こうと思ってたらあっという間に…。他人事ではありませんな。
おまけに仕事しながら、ドライブしながらつらつらとトンデモ理論的に色々な事象を結びつけて一人でもりあがるタイプなので、1エントリ書くのに2〜3日かかったりするのでした。今回もものすごい感激しているので、そのへんがお伝えできたのでしたら、ブログ冥利につきるというもの。ありがとうございます。是非、nookさんのライブ・エントリも拝見したいですよ。
ウォッシュタブベース、実際見ると驚きますよ。しかもあんなものでもプレイヤーが一流だと一流の楽器になるのですよ。しばらくはホームセンターをぶらぶらするのが楽しくなりそうです。
ジェフ・マルダーさん、28日の京都に行ってきました。実は私も前回の来日公演は見逃したクチなので、ようやく夢がかなった…というより今はまだ夢の中、興奮醒めやらずです。
今夜は懐かしのマッド・エイカーズやジム・クウェスキン・ジャグ・バンドのアルバムをとっかえひっかえ聴こうかな…。
ご来訪多謝多謝。「興奮冷めやらず」、気持ちはよーくわかります。サムズアップは小さいハコだったので、直ぐ後ろをジェフさんが通りがかったりするので、ほんと夢のようでした。
かく言う私も近作PasswordやらPrivate Astronomyやらを聴いて堪能しております。ああしあわせ。
とんがりやまさんのエントリも楽しみにしてますが、ご無理のないように。
行きたかったけどパスしちゃった今回のジェフ公演、文章でたっぷり堪能させていただきました。
やっぱりよかったんですね…。まあ、それはもちろんなんだけど。
嬉しかったのは、おそらくジェフの音楽に対して私が感じていることとほとんど同じ感情というかVIBEをもたれているんだなあ、と思えたことです。
ほんと、ただ涙を流すとかいうものでない「芸」がBLUESにはあって、それのすばらしさというか、尊厳みたいなものに触れるんですよね。
で、そこには不思議に「ユーモア」があるんだと。
また、遊びにきます!
初めまして、なんですけど実はJapan Music Blog経由で何度かそちらのblogは拝見しておりまして。BlogPeopleに登録するのが面倒だったりしてすいません実は結構拝見してます。
こういう「感覚」を共有できるのがblogのいいところですねえ。結構ピンポイントというか、自分の感じたことを整理する意味でも書いてるので、そこにVIBEを感じてもらえるのは、blogやっててよかったなあとほんとに思います。それはいろんな音楽に対して思いが色々あるんですけど、なにせ遅筆&長文になりがちなので、時々のぞいていただければと。
そのへん、とんがりやまさんはすごいなあと思いませんか?氏の文章は私のとりこぼしたことや伝えきれてないことをすっきりお伝えになっており。いやいや、satoさんこれからもよろしく♪